第六話「覺え無き少女を抱いて…」


傷付き倒れている母

それを必死で手当てする自分

直らない―

もう助からないと分かっている

それでも必死で手当てし続ける

自分も傷付いているのを忘れて

一筋の希望を信じて

それでも母は助からなかった

でもその時―

希望は思いもよらない所から来た


僕は君のお母さんにはなれないけど―

お父さんにはなることができる―

だから―

 
さ、おいで―

 
今日から僕が君のお父さんだ―

 
お父さん―

 
その一言が私の心の道を切り開いた

 
新しい父に抱かれ

 
傷付いた母に別れを告げる

 
新しい父の温もりは

 
まるで本当の父の様だった…

 
2階に昇り、少女が眠っている客間へと足を運ぶ。おとなしくも何処か寂しげのある顔で少女は眠りについていた。
(気持ちよさそうに眠っているな。でも、顔が寂しげだ…。なあ、君はいったい私の過去にどういった繋がりを持っているんだ…?)
 そう心の中で思い、私はその少女の元へと近づき、頭の前で正座する。
「さっきは頭を鷲掴みなんかして申し訳無かったな、謝罪するよ…」
 そんな事を言いながら、少女の頭を優しい手付きで撫でる。そうすると少女が手を伸ばしてきて、
「あうーっ…抱っこ…」
と言い、私をおもむろに胸元へと引きずり込んだ。
「お、おい、離せよ!」
 そう言い、必死に少女から離れようとする。だが、驚くべきことに少女の腕は私をしっかりと掴み、離そうとしない。
「く、くそ〜何て力だ。全く身動きが取れない…。冗談じゃない!こんな所名雪に見られたら、俺が襲っていると勘違いされかねない…」
 じたばたもがいている内に客間の扉が開き出す。嗚呼、恐怖の宴は今から始まる…。
「入るよ〜。って、祐一、何しているの…?」
「あ、いや、名雪、この娘が寂しそうな顔してたから頭を撫でてやったら、この娘が俺を抱き締めてきて…。決して、寝ている隙に襲おうと思ったり、密着した胸があまりにも柔らかいんで触ってみようかな、何ては思ってないぞ!」
 危機的状況を打破しようと画策し、様々な理由を述べようとした。しかし口から出た台詞は状況をますます混迷にいざなうもの以外の何物でもなかった。
「私は祐一を信じるよ。だって、寝かせた時は悲しみに溢れていたその娘の顔が、今は屈託の無い無垢な笑顔だもの…」
「え!?」
 名雪にそう言われ、少女の顔を眺める。成程、抱かれた事に気が動転し、顔に神経が向いていなかった。確かに先程までの悲しみに満ち溢れた顔が一変し、今は笑顔が少女を覆っている。
「優しいくらい暖かいんだね、祐一の胸…。私も抱かれてみたいな……」
 そんな言葉を残し名雪は部屋を後にした。
「なでなでして…」
 少女が寝言のように私にそう言ってくる。
「何だ、頭を撫でて欲しいのか…、ほらっ、なでなでなで…」
 そう言い、少女の頭を撫でる。
(不思議な感じがする…。ずっと以前に似たような光景が…。そうだ、あれは7年前、母と共にこの街に来た最初の日に…)
 そんな事を考えている内に、少女の無垢な寝顔に誘われ、私も深い眠りに就く…。


「祐一、お母さんはこれから駅の東側に見える山にある、知り合いのお墓参りに行くけど、祐一はどうする?」
「山に登るのはつかれそうだから、僕はこの駅で待っているよ」
「もう、軟弱ね、あの人の爪の垢を煎じて飲ませたいわ。…まいいわ、じゃ、1時間位で戻ってくるから、ここでちゃんと待っているのよ」
「うん、分かった」
 そう言って、お母さんは僕を駅において山の方向に歩き出した。
「お母さん、おそいな〜。もう待つのあきたよ〜。そうだ、僕も山に行こう〜っと」
 お母さんは1時間くらいで戻るって言ったけど僕は待ちきれず、約束をやぶって山に登ることにした。
 駅から東にまっすぐ行くと、その山が見えて来た。山の入り口には大きな鳥居が二つ続いていて、その先は急な坂になっていた。
「うあ〜、登るのきつそ〜。やっぱりやめよ〜っと」
 そうい言ってやっぱり駅に戻ることにした。その時、近くから動物の鳴き声が聞こえてきた。
「なんだろ、猫かな?」
 鳴き声の正体が気になって、僕はそれが聞こえてくる方に歩き出した。
「あっ、狐だ」
 そこには血を流してぐったりしている母狐と、その傷口を必死になめている子狐がいた。
「どうしたの、お母さん死んじゃったの?」
 僕は母親の傷口を必死になめている子狐に話しかけた。でもその狐は時々「あうーっ…」
とはさけぶけど、僕の方は見向きもしなかった。
「あっ、君も足ケガしているよ。ダメじゃないか!お母さんのケガより自分のキズ口をなめなきゃ」
 僕は心配そうな顔でその様子をずっと見ていた。するとお母さんが山から下りて来て、僕をどなった。
「祐一!駅で待ってなさいって言ったでしょ!もう、活発的な所だけ日人(ひのひと)さんみたいなんだから…。アラッ、それ狐?」
「あっ、お母さん。この狐さんたち助かりそう…?」
 そう言うと、お母さんは狐の方に近づいた。
「母親の方はもう死んでいるわ…」
「やっぱり…」
 子供の僕の目でそう思えるんだから、お母さんのいうとおりだと思う。でも、お母さんはもっと悲しいことを僕に言ってきた。
「でも、子供の方もこのままじゃ死んじゃうわ…」
 それを聞き、僕の胸はかなしみでいっぱいになる。
「え、そんな…かわいそうだよ!こんな寒い所で…」
「優しいのね祐一…」
「そうだっ、僕この狐を名雪の家に連れていくよ!」
「自然で生まれ育ったものは自然で死ぬべきよ。そこに人間が介入すべきではないわ。…と言いたいけれど、傷を見る限りその狐を傷付けたのは人間ね。自然のものを傷付ける行為は人間の連帯責任。だからそのものを助けるのも人間の共通の義務よ。いいわ、兄さんの家に一緒に連れて行きましょ。但し、それは祐一がこの街にいる間だけ。帰る時はちゃんとこの山に戻すのよ」
「ありがとう、お母さん」
 そうして僕はその子狐を、いとこの名雪の家に一緒に連れていくことにした。
「ほらっ、行くぞ」
 そう言い、子狐を母狐から引き離そうとした。でも、その子狐はそこから動こうとしなかった。
「君のお母さんはもう死んじゃったんだ。このままじゃ君も死んじゃうんだよ!」
 狐に人間の言葉が通用するはずない。けど、僕は必死にその子狐に話しかけた。
「あうーっ…」
「気持ちは分かるよ。でも僕は君が死ぬのはイヤだ。僕は君のお母さんにはなれないけど、お父さんにはなることができる。だから、さ、おいで、今日から僕が君のお父さんだ」
 そう言うと僕の気持ちが通じたのか、その子狐は僕の方に近づいてきた。
「よかった、僕をお父さんって思ってくれるんだねっ」
「あうーっ」
「さ、行くわよ祐一」
「うんっ」
 そして僕はその狐をだいて、お母さんと一緒に名雪の家に向った…。


「ふああ〜、気が付かないうちに眠りに就いてしまったんだな」
 ふと目覚めると外はもう夕暮れを過ぎ、闇が辺りを覆っていた。肝心の少女の方は心地よさそうな顔で、未だ眠り続けている。体を起こそうとしたら簡単にすり抜ける事が出来た。
「ようやく解き放たれたな…」
   そう言い、私は現在の時間を確かめる為、客間を後にした。
 自分の部屋に行き、時間を確かめる。
「じゅ、17時57分!?い、いかん、あと少しで守護月天が始まってしまう。急がねば!!」
 そう言い、私は部屋を後にし、急いで1階へと降りる。
「あ、祐一、起きたんだ」
 階段を降りかけた辺り、名雪が私に話し掛けてきた。
「名雪、18時から何か見るテレビはあるか?」
「特に無いけど…」
「じゃあ、俺が見たいテレビを見てもいいか?」
「うん、別に構わないよ」
「サンキュー」
 名雪にテレビを見る承諾を受け、居間へと向い、急いでテレビを点ける。幸い守護月天はまだ始まってなかった。
(そういえば名雪の声って、シャオとうりふたつだよな〜)
 そんな事を思いながら番組を視聴し続ける。
 番組を見終えた頃、秋子さんが帰宅し名雪と共に夕食の準備に取り掛かる。その合間を練り、私は少女の様子を見にいく。


(さて、まだ起きてないみたいだな…。今の内に所在が確認可能な持ち物でも探してみるか…)
 そう思い、私は少女が持ち歩いていたバックに手を掛ける。
(何だ、このバック、菊の紋章が付いている…)
 それだけではない。中に入っている財布にも菊の紋章が入っていた。
(いったい、この少女の正体は…皇族関係の人か…?)
 しかしこれらの物は憶測までは到達出来るものの、確実な所在確定には至らない。他に何かないかと探してみたら、意外な物が見つかった。
(風鈴…!?)
 表面に旭日と月の紋章が刻まれている。デザインは単純だが彫り方が実に精巧である。裏の方を見てみると、今度は水滴と菊が刻まれている。
「祐一、どう様子は?」
 その風鈴をまじまじと見続けていたら、名雪が部屋に入って来た。
「ああ、名雪。実は今、何かこの娘の所在が確認できる物がないか探していたんだ」
 そう話し掛けたら、名雪は私が持っている風鈴に注目した。
「あっ、その風鈴、家にも同じのがある」
「何だって!?名雪、一体何処に飾ってあるんだ!!」
「祐一の部屋のベランダだけど…」
 そう聞き、私は急いでベランダに出る。そうすると確かに同じのがあった。しかし、
「寒い…」
 勢いでベランダに出たいいが、寒さに身を引き締めてしまった。
「祐一、どうしたのそんなに慌てて…」
「あの娘が俺の記憶の欠落に関与している、そんな気がするんだ…。だから一刻も早く、あの娘が何者であるか確かめたいんだ」
「記憶が無い…、そう言えばそんな事言ってたね…。その風鈴、お父さんの知り合いの人が作った物で、そのデザインのは親しい人にしか作らなかったって。そうお母さんが言ってた」
「そうか…。で、これを作った人は?」
「もうだいぶ前に亡くなって…」
「そうか…」
 菊入りの持ち物が目立ってたので、てっきり皇族関係の人かと思ったが、名雪の話を聞く限りその可能性は低いだろう。分かるのはただ、その名雪の父の知り合いと親しい間柄の可能性が濃厚だという事くらいである。


「はしょり過ぎだよ」
 夕食を取り終えた後、名雪と秋子さんに事の真相を語った。そうすると開口一番、名雪が私にそう言ってきた。
「まあ、その点に関しては俺も悪いと思っている」
 状況をスパロボに見立て、遊び半分で攻撃を回避し続けていたのだから、その点に関しては名雪の言う通りである。
「だが、先に宣戦を布告したのはあっちだ。俺は専守防衛に乗っ取って行動をしたまでだ。もっとも、相手が悪の組織だと確定が出来ていたら、こちらから手を出したかも知れないがな」
「女の子には手を出さないの!」
 そう名雪に促される。
「甘いな、名雪。俺は自存自衛の為なら男女構わず戦う。それに女や子供を使ってくるのは悪の組織の常套手段だ」
「……。ところでさっきから祐一が言っている悪の組織って何?」
「狂惨党と憎教祖だ」
 もっともそれらを常套手段にしていたのは本格的な共産国だろうが、まあイメージがそんな感じだから印象批評したまでである。
「フフフ…」
 名雪とTVタックル級の討論を交わしている中、ふと秋子さんが微笑した。
「どうしたんですか?」
 私がそう秋子さんに訊ねる。
「いえ、主人の親友もよく、狂惨党と憎教祖を『売国奴を生み出す悪の組織』と表現していましたので、その思い出し笑いです。でも、その親友も女性には手を出さなかったですよ」
「すみません…」
「でも祐一、口で言っている事と行動が違うね」
「どういう事だ、名雪」
「だってあの子を構っている祐一、とっても優しかったもの…」
「い、いや、あれは例外中の例外だ」
 優しい奴だと名雪に知られたくないので必死に否定する。
「ところでその娘はまだ眠ったままなのですか?」
 一段落した所で秋子さんが私にそう訊ねてくる。
「ええ、気持ちよさそうな寝顔で眠ったままです」
 説明を一通り終えた後は、風呂に入り、読み掛けのアニメージュを読んだりして床に就いた。


 夜、丑三つ時を過ぎた頃、私は尿意に駆られ1階に降りる。用を足し2階へ昇ろうとした頃、台所の方で何やら物音がした。
(泥棒でも侵入したのか…)
 そう思い、専守防衛の念に駆られ、私は台所に足を運んだ。
 台所に近づくに連れ、物音に混じり何やら人の声が聞こえ出してくる。
「あう…、お腹空いたよ…何にも食べる物が無いよう…」  悲鳴に近い声をあげ、冷蔵庫をあさる黒い影。その声を聞き私はある事を確信した。間違い無い、あの少女がようやく目を覚ましたのだと。そこで私は迷わず台所の電気を点ける。
「わっ、何、何!?」
 突然明かりが点いた事にその少女は動揺する。
「ようやく目を覚ましたか。冷蔵庫を探したってろくな物が無いぞ。食べる物は、ほらっ、そのテーブルの上だ」
 そう言い、私はテーブルにラップ包みになっている夕食の残りを指差す。少女が目覚めた時、お腹が空いていて困らない様にと秋子さんが予め準備していた物である。
「あとご飯と味噌汁を温め直してやるから、暫く椅子に座って待ってな」
「あ、う、うん…」
 そう言い、私は炊飯器にスイッチを入れ、ガスコンロを使って残り物の味噌汁を温め直した。
「ところでお前、名前は何て言うんだ?」
 味噌汁を温めながら少女にそう訊ねる。
「えっと…忘れた…」
 その一言を訊き、私は温めている味噌汁に頭を突っ込みそうになる。
「……まあいい、これを食べ終わった後にでもゆっくり思い出してくれ。ちなみに俺は相沢祐一と言う名前だ」
 こみ上げてくる怒りを1歩手前で押さえ、私は穏やかな声で少女にそう言った。
「祐一…って呼んでいいかな?」
「ああ、構わないぜ。ほら、味噌汁温め直したぞ。とりあえずこれを食べて活力を身に付けてくれ」
 その後、炊き終わったご飯を少女の元に差し出す。
「うん…。色々してくれてありがと…」
 御世辞にも少女が私にそう言った。


「で、名前は思い出したか?」
 ご飯を食べ終えたばかりの少女に、私は椅子に腰掛けるや否や、いきなりそう訊ねた。 「わっ、さっきゆっくり思い出せって言ったでしょ」
「悪いが家はそんなに見知らぬ人を抑留している暇は無いんだ。あと十分以内に思い出さなかった場合、警察か保健所に引き取ってもらうぞ!」
「そんなに早く思い出せるわけ無いでしょっ!」
「いや、思い出せる筈だ。現に俺に宣戦を布告して来た時は名前みたいなのを自分で語っていたからな」
「そういえば、そんな事もあったような…でも…あうーっ、思い出せない」
「随分とまあ、ご都合主義だこと…決めた!今すぐ警察に突き出す」
「わっ、待ってよぉうっ!」
「じゃ、今からお前は『セイラ=マス』、もしくは『フォウ=ムラサメ』と名乗れ。そうすれば警察に突き出すのは見逃してやろう」
「そんな訳の分からない名前、嫌よー」
「そうか、なら仕方が無い。警察に電話を掛けるとするか…」
 そう言い、私は席を立ち上がろうとする。
「だから待ってよー。私は、真琴、沢渡真琴(さわたりまこと)よ!」
「ようやく思い出したか…。やはりこういう時は虚言を交え、強攻的な尋問をするに限るな」
「え!?じゃあ警察に突き出すって話は?」
「お前に名前を思い出させる為の嘘に過ぎない。まあ、名前は何とか思い出せた事だし、今日はもう寝るんだな。後は明日以降ゆっくり訊く」
「う、うん、分かったわよ…」
 そう言い終えると少女は私の要求に素直に応じ、2階へと昇る。私は真琴が食べた食器類を流し台に置き、自分も2階に昇り、床に就き直す。


「こんにちは、秋子さん」
「あら、雪子(せつこ)さん、遠い所からわざわざ…」
「祐一が雪を見たいって言うからね。毎年の事だけど、また冬の間お世話になるわ」
「了承」
「ふふ、相変わらずね、その台詞」
 あれから僕とお母さんは名雪の家に向かい、今その家に着いた所だ。
「おじゃましまーす」
 そう言って僕は名雪の家に入った。
「あっ、ひさしぶりだね、祐一。あれっ、そのだいているのひょっとして猫さん?」
「ばーか、これのどこが猫さんなんだよ。こいつは狐だよ。ケガをしてかわいそうだったから連れてきたんだ」
「ケガ!…待っててね、今手当てのじゅんびをするからっ」
「ありがとう名雪。さあ、お前、もう大じょうぶだぞ」
 その狐に声をかけながら、僕も名雪の後を追って家の中に入っていった。
「あら、今の狐?」
「ええ、母親を失ってその上怪我をしていて、可哀想だからって祐一が連れてきたの。…葬式、もう終わったわよね…」
「ええ…、つい昨日…」
「本当はもっと早く来るつもりだったんだけど、気持ちの整理がつかなくって…」
「仕方が無いわ。ここ10年で立て続けだもの…」
「日人さん、兄さん、それに今度は神夜(かぐや)さん…。みんな…、早過ぎるわ…」
「雪子さん、泣かないで…」
「ごめんなさい…。でも私より辛いのは、残された日人さんと神夜さんの一人娘ね…。祐一が拾ってきた狐と同じように…」


「はいっ、狐の手当て終わったよ」
「ありがとう、名雪。これでもう大じょうぶだ」
 狐の手当てをしてくれた名雪にお礼を言う。
「どころで名雪、この狐、この家で飼えるかな?」
「う〜ん…」
と名雪は少しなやんだ後、
「うん、お母さんなら1秒でO・Kすると思うよ」
と答えてくれた。
「やったー」
「ところで飼うとしたら名前をつけないとね」
「うん、そうだね」
 そうして僕達はしばらくの間、その狐の名前を考えていた。
「『コンコン』何ていうのはどうかな?」
と名雪の方から考えた名前を言い出してきた。
「ちょっと単純じゃないかな?」
「え〜、かわいいよっ」
「でもな〜…。そうだっ、決めたっ。この狐の名前は、真琴、沢渡真琴だ!」
「人間みたいな名前…。ところでその名前にはどういう意味があるの」
「ただの思いつきだよ」
 本当は自分があこがれている女の人の名前だけど、はずかしくて名雪の前では理由を言えない。
「思いつきにしては本格的だけど…。でもいいよ、飼うのは祐一だし」
「ようしっ、今からお前は沢渡真琴だっ」
 そう言って僕はほうたいが巻かれたばかりの狐、沢渡真琴を高らかと持ち上げた。
「あうーっ」
 狐がとってもうれしそうに鳴いた。僕はその狐が自分がつけた名前を気に入ってくれたのだと思って、とってもうれしかった…。

…第六話完

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